先週の日曜日は京都の大原へ。
昔、叔父が大原中学校の校長をしていたので、なんとなく昔から聞き覚えのある地名で、また最近、子供達がテレビで、大原に暮らすイギリス人ベニシアさんの生活に密着した番組「猫のしっぽ カエルの手」を見ているので、よし、大原に行くぞ!となりました。
ランチは大原でしよう!とネットで調べ、嫁さんの希望で、地元で採れた有精卵の卵を使った卵かけめしが食べられる「はんじ」さんへ
こちらで勿論、卵かけめしを頂いたわけですが、しっかり写真撮って来たので、明日以降にグルメ記事としてまた更新します。
今の大原は透き通るような青空と新緑の木々のコンビネーションが半端ねえっす。
マジ、パねえ。
この階段を上がって目指したのは・・・
きょぉとーおおはらさんぜんいん♪
見どころは何といっても聚碧園をはじめとするお庭。
詳しいことはわかりませんが、気持ちが落ち着いたり、何かパワーを貰えそうな、そんな雰囲気は伝わります。
ちなみに建物内は撮影禁止ですが、お庭はOKとなっています。
若い頃なら良さは全くわからなかったと思いますが、今は「来て良かったなぁ」ぐらいのことは感じられるようになりました。
子供達はあまり興味なさそうでしたが、スタンプラリーに一生懸命になって楽しんでいました。
最後にシールのご褒美も頂いて、「もう一周したい」とか言ってました。
お庭を「おー壮大!」と見るだけでなく、細かいところをよーく見ると、今の時期しか見られない(らしい)、もみじの花が咲いていたり。
池で鳴くウシガエルを見ることが出来たり、いろいろな発見がありました。
叔父に聞いたり、テレビCMで見ていたりで、幼い頃から知っていた大原三千院に人生40年目にして初めて来ましたが、とても良いところでした。
おわり
関西古着屋情報サイトF-STREETを運営しているK編集長のヴィンテージライフスタイルブログ。 古着/ファッション/キャンプ&アウトドア/SPORTS/GOLF/インテリア/DIY/WORK/etc
2018年6月6日水曜日
2018年6月2日土曜日
ONE-PIECE OF ROCK「DENIM BODY BAG」 #買ったモノ
先日、滋賀県東近江市のジーンズショップ「FORTY NINERS」と世界一のジーンズを作る工房「CONNERS SEWING FACTORY」へ行った時、いろんなお話を聞き、どうしてもここで作られている物が欲しくなりました。
それでお話を聞く以外にも、かなりくまなく店内を見せて頂いていたのですが、僕が欲していたモノにピッタリの物を見つけ購入。
それがこちらのFORTY NINERSオリジナルブランド「ONE-PIECE OF ROCK」のデニムボディーバッグです。
赤タブ付き。
過去にもしきりに書いていますが、腰痛防止のため、お尻のポケットに財布を入れるのをやめまして、それが故にカバンを持つようになりました。
といっても大した荷物は持ち歩かないので、いつも持て余し気味。
一応、ウエストバッグは持っているのですが、最近の感じ的にウエストバッグを背中に背負うのはなんか違うし、クラッチバッグやサコッシュも個人的にピンと来ない。
ボディーバッグもね、なんかピンとは来てなかったのですが、これはなんか良いな・・・と。
同ブランドのデニム生地で良質なデニム生地であることと、サイズ感、そして何よりCONNERS SEWING FACTORYで作られているクラフツマンシップ溢れる、というかマニュファクチャードな仕上がり、そしてラインをいっぱいいっぱい伸ばすとこんな持ち方も出来るのが気に入りました。
集金のおじさんが持つ集金バッグ風。
何年か前に、大阪発のブランド「THEモンゴリアンチョップス」が集金のおじさんが持つ集金バッグをイメージしてがま口か何かを作っていました。
正直、当時は「何言うてんねやろ?」と思っていましたが、今、僕がピンと来るのはサコッシュでもクラッチバッグでもなく、集金バッグです。
んー、さすがヤツらは時代の前を行きますね。
集金バッグ風に持つとタグも上向くのでちょうど良い感じ。
ちなみにジップは「UNIVERSAL」で、これは何型?扇型?ベル型?の、かっこええジップが使われています。
中はこんな感じ。
補強もしっかりなされていて、さすがの出来栄え。
ということで、しばらく懸案事項だったお財布を入れるバッグ問題が解決しました。
良質のデニム生地なので、経年変化も楽しみですね。
FORTY NINERSさんとCONNERS SEWING FACTORYに行ってきたレポートは下記記事をお読みください。
※世界一のジーンズを作るファクトリー「CONNERS SEWING FACTORY」に行ってきた。
※世界一のジーンズを発信するショップ「FORTY NINERS」へ行ってきた。
同じ形のはオンラインでは見つけられませんが、もっとしっかりしたヤツが売ってますね。
それでお話を聞く以外にも、かなりくまなく店内を見せて頂いていたのですが、僕が欲していたモノにピッタリの物を見つけ購入。
それがこちらのFORTY NINERSオリジナルブランド「ONE-PIECE OF ROCK」のデニムボディーバッグです。
赤タブ付き。
過去にもしきりに書いていますが、腰痛防止のため、お尻のポケットに財布を入れるのをやめまして、それが故にカバンを持つようになりました。
といっても大した荷物は持ち歩かないので、いつも持て余し気味。
一応、ウエストバッグは持っているのですが、最近の感じ的にウエストバッグを背中に背負うのはなんか違うし、クラッチバッグやサコッシュも個人的にピンと来ない。
ボディーバッグもね、なんかピンとは来てなかったのですが、これはなんか良いな・・・と。
同ブランドのデニム生地で良質なデニム生地であることと、サイズ感、そして何よりCONNERS SEWING FACTORYで作られているクラフツマンシップ溢れる、というかマニュファクチャードな仕上がり、そしてラインをいっぱいいっぱい伸ばすとこんな持ち方も出来るのが気に入りました。
集金のおじさんが持つ集金バッグ風。
何年か前に、大阪発のブランド「THEモンゴリアンチョップス」が集金のおじさんが持つ集金バッグをイメージしてがま口か何かを作っていました。
正直、当時は「何言うてんねやろ?」と思っていましたが、今、僕がピンと来るのはサコッシュでもクラッチバッグでもなく、集金バッグです。
んー、さすがヤツらは時代の前を行きますね。
集金バッグ風に持つとタグも上向くのでちょうど良い感じ。
ちなみにジップは「UNIVERSAL」で、これは何型?扇型?ベル型?の、かっこええジップが使われています。
中はこんな感じ。
補強もしっかりなされていて、さすがの出来栄え。
ということで、しばらく懸案事項だったお財布を入れるバッグ問題が解決しました。
良質のデニム生地なので、経年変化も楽しみですね。
FORTY NINERSさんとCONNERS SEWING FACTORYに行ってきたレポートは下記記事をお読みください。
※世界一のジーンズを作るファクトリー「CONNERS SEWING FACTORY」に行ってきた。
※世界一のジーンズを発信するショップ「FORTY NINERS」へ行ってきた。
同じ形のはオンラインでは見つけられませんが、もっとしっかりしたヤツが売ってますね。
2018年6月1日金曜日
松原FLAGの思い出
本日をもって松原市のFLAGか閉店されました。
F-STREETを開始した時から掲載させて頂いていたお店がまた一つ閉店されるということで、とても寂しい気持ちなのですが、それ以上に公私ともにお世話になったお店がなくなるのが悲しい気持ちでいっぱいです。
F-STREETをスタートした時、約10年前ですね。
全く面識のない、そして古着業界でも全く知られていないぼくからのご挨拶のメールにオーナーのカズさんが丁寧なメールを下さり、「一緒に古着業界を盛り上げていきましょう」と書いてくださったことにとても勇気づけられ、今でも原動力になっています。
カズさんは僕の1歳上のいわば同世代ですが、でもなんか頼りがいがあり男気を持った方なので、感じで言えば部活の先輩的な感じで慕わせて頂いています。
またFLAGさんはウチは家族で大ファンで、大阪時代はしょっちゅう行っていました。
このブログにも何度も登場していますね。
※SEARS,ROEBUCK AND CO, STAFF VEST&松原市FLAGさんで晩御飯
初めて家族をFLAGに連れて行った日ですね。2011年。長女がまだ1歳でした。
ツナ&コーンパスタのブラックペッパー抜きがこの時から長女の定番メニューに。
ちなみに、この時買ったSEARS ROEBUCKSのベストは今でも大切にしています。
初めて行ったのはもっちと行ったようです。
※松原市高見の里CAFE&BAR&古着屋「FLAG」さんに行ってきました。
この時はカズさんがおられず、当時はまだご結婚前だった今の奥様とお話しさせて頂いたんですよね。
懐かしい。
ちなみにパイレックスのマグを買いました(OLD PYREX MAG CUP)が、まだこれも大切に使ってる。
そしてパンダビールを飲んだ話。
※松原FLAGさんでパンダビールを飲んだ。
お誕生日もFLAGで過ごしています。
※HAPPY BIRTHDAY
この日は本当に思い出深い。
まだ1歳だった長女がプリンパフェをとんでもない勢いでムッシャムシャ食べて・・・
未だに家族での語り草になっています。
ほとんんどこのブログで顔を出したことのない僕が登場しているレア回でもありますね。
この時の長女は今、小学校3年生になっていますよ(笑)
そして僕も当時は30代前半、今は40歳。もうドンキースマイルとか完食するの絶対無理(笑)
次に行った時もプリンパフェに夢中だったよう。
※給料日の後はFLAG
そしてTシャツを買ったり・・・
※80's SPORTS WEAR Tee-SHIRTS
このTシャツは・・・どうしたかな。
買った記憶はあるけど、あんまり着た記憶はない。。。もうないかも。。。
と、掘り返しだすとキリがないぐらい出てきます。
この後、ウチに次女が生まれ、カズさんもご結婚されてウチの次女と同い年のわかなちゃんが誕生。
カズさんの結婚パーティーの二次会にも参加させて頂き、多分、ベロベロに酔った気がします(笑)
本当、楽しい思い出がいっぱい。
また大阪古着祭が京都を含め8回も開催されたのはFLAGさんのおかげです。
第一回で、最後まで盛大に盛り上げてくださり、いろんなお店の方に「大阪古着祭は売れるよ」と声をかけて頂いたと聞きます。
その噂で第二回大阪古着祭は出店希望をたくさんいただきました。
とにかく公私ともにお世話になったカズさん。
今後、何をされるかはまだお聞きしていないのですが、なお一層の活躍をされることを楽しみにしています。
FLAGさんの閉店は個人的にはとても大きな出来事です。F-STREETは間もなく10年を迎えますが、自分の中でターニングポイントとなるような、というかターニングポイントにしなきゃいけないと思います。
気を引き締めなおして、頑張っていきます。
カズさん、大変大変お世話になりました。またこれからもよろしくお願いします。
F-STREETを開始した時から掲載させて頂いていたお店がまた一つ閉店されるということで、とても寂しい気持ちなのですが、それ以上に公私ともにお世話になったお店がなくなるのが悲しい気持ちでいっぱいです。
F-STREETをスタートした時、約10年前ですね。
全く面識のない、そして古着業界でも全く知られていないぼくからのご挨拶のメールにオーナーのカズさんが丁寧なメールを下さり、「一緒に古着業界を盛り上げていきましょう」と書いてくださったことにとても勇気づけられ、今でも原動力になっています。
カズさんは僕の1歳上のいわば同世代ですが、でもなんか頼りがいがあり男気を持った方なので、感じで言えば部活の先輩的な感じで慕わせて頂いています。
またFLAGさんはウチは家族で大ファンで、大阪時代はしょっちゅう行っていました。
このブログにも何度も登場していますね。
※SEARS,ROEBUCK AND CO, STAFF VEST&松原市FLAGさんで晩御飯
初めて家族をFLAGに連れて行った日ですね。2011年。長女がまだ1歳でした。
ツナ&コーンパスタのブラックペッパー抜きがこの時から長女の定番メニューに。
ちなみに、この時買ったSEARS ROEBUCKSのベストは今でも大切にしています。
初めて行ったのはもっちと行ったようです。
※松原市高見の里CAFE&BAR&古着屋「FLAG」さんに行ってきました。
この時はカズさんがおられず、当時はまだご結婚前だった今の奥様とお話しさせて頂いたんですよね。
懐かしい。
ちなみにパイレックスのマグを買いました(OLD PYREX MAG CUP)が、まだこれも大切に使ってる。
そしてパンダビールを飲んだ話。
※松原FLAGさんでパンダビールを飲んだ。
お誕生日もFLAGで過ごしています。
※HAPPY BIRTHDAY
この日は本当に思い出深い。
まだ1歳だった長女がプリンパフェをとんでもない勢いでムッシャムシャ食べて・・・
未だに家族での語り草になっています。
ほとんんどこのブログで顔を出したことのない僕が登場しているレア回でもありますね。
この時の長女は今、小学校3年生になっていますよ(笑)
そして僕も当時は30代前半、今は40歳。もうドンキースマイルとか完食するの絶対無理(笑)
次に行った時もプリンパフェに夢中だったよう。
※給料日の後はFLAG
そしてTシャツを買ったり・・・
※80's SPORTS WEAR Tee-SHIRTS
このTシャツは・・・どうしたかな。
買った記憶はあるけど、あんまり着た記憶はない。。。もうないかも。。。
と、掘り返しだすとキリがないぐらい出てきます。
この後、ウチに次女が生まれ、カズさんもご結婚されてウチの次女と同い年のわかなちゃんが誕生。
カズさんの結婚パーティーの二次会にも参加させて頂き、多分、ベロベロに酔った気がします(笑)
本当、楽しい思い出がいっぱい。
また大阪古着祭が京都を含め8回も開催されたのはFLAGさんのおかげです。
第一回で、最後まで盛大に盛り上げてくださり、いろんなお店の方に「大阪古着祭は売れるよ」と声をかけて頂いたと聞きます。
その噂で第二回大阪古着祭は出店希望をたくさんいただきました。
とにかく公私ともにお世話になったカズさん。
今後、何をされるかはまだお聞きしていないのですが、なお一層の活躍をされることを楽しみにしています。
FLAGさんの閉店は個人的にはとても大きな出来事です。F-STREETは間もなく10年を迎えますが、自分の中でターニングポイントとなるような、というかターニングポイントにしなきゃいけないと思います。
気を引き締めなおして、頑張っていきます。
カズさん、大変大変お世話になりました。またこれからもよろしくお願いします。
2018年5月28日月曜日
世界一のジーンズを作るファクトリー「CONNERS SEWING FACTORY」に行ってきた。
滋賀県・東近江市(旧八日市市)で作られているジーンズ「ONE PIECE OF ROCK」。
同市にあるアメカジ系セレクトショップ「FORTY NINERS」のオリジナルジーンズなのですが、元々、大阪・豊崎のジーンズリペアショップ「WOREKS」の服部さんに教えて頂き、知りました。
その後、雑誌やネットなどで見かける度に必ずチェックしていたのですが、これを書いている今現在、僕は世界最高のジーンズだと思っています。
この世界最高のジーンズ「ONE PIECE OF ROCK」を作っておられるファクトリーはFORTY NINERSから歩いてすぐのところにあるのですが、ここはオープンファクトリーとなっていて、誰でも見学させて頂く事が出来ます。
この日のご縁は、学生時代からの先輩からのリクエストによるもので、元々、彼が2年ほど前に
「若い頃のようにリジットのジーパンをイチから穿いて色落ちさせたいんやけど、何かええジーパンない?」と聞いてきたのですが、その時にこちらのONE PIECE OF ROCKのジーンズとWAREHOUSEのジーンズ、そしてLVC(Levi's Vintage CLOTHING)の3つを提示しました。
結果的に「まずはLevi'sを穿いてみる」ということになり、LVCの55モデルを購入していましたが、「八日市の例のジーパンを一度見てみたい」と何度か言われていて、今回に繋がった形です。
ファクトリーの見学は予約が必要と思っていたので、当初は計画になかったのですが、FORTY NINERSでファクトリーの話になり、「見学出来ますよ」とのことでしたので、見学させて頂きました。
こちらは主に対戦モデルなど40年代の501XXをモチーフにしたモデルが作られている部分で、ファクトリーの約半分ぐらいです。
左手前で作業されているのが代表の小中さん。僕より3つ上の聖徳中のヤンキーだったそうなので、学生時代に遭遇していたら速攻逃げていたことでしょう(笑)
この部分に20台近くのヴィンテージミシンがあり、そのヴィンテージミシンをパーツごとに渡り歩きながら、一人で全行程を仕上げて行かれます。
こんな感じに縫っては移動し、縫っては移動し、と、現在は16台のミシンを操って一本のジーンズを作るそうです。
これは当時の製造方法を再現されているそうで、こうした職人さんを二―ドルワーカーと呼び、ミシン縫いだけでなく、生地の裁断から全ての工程を一人でこなされるそうです。
更に、このビンテージミシンも、例えば「40年代のモデルを作っているのに1950年代製のミシン使ってたら矛盾してるでしょ?」と、必ずその時代に存在したミシンを使って縫われていきます。
「えっ?そこまでこだわるん!!」と心底ビックリしました。
当時のミシンは製造番号などから全て年代がわかるんですって。
16台も操るのは、当時のジーンズを見てもパーツごとにミシンが違うらしく、その違いを徹底的に解剖し、当時のミシンを買ってきては縫って買ってきては縫ってを繰り返し、どのパーツにどのミシンが使われていたかを推理し、それと全く同じミシンを使っているそうです。
徹底的に研究されているので、「全て同じですか?」というともすれば意地悪な質問にも、「そのはずです!現在、知り得る情報で追求した結果が今の形です。」と断定はせず、それでいて圧倒的な自信を持って語っておられたのが印象的でした。
それでも勿論、もっとベストなものが見つかれば躊躇なく変更するとも仰っていて、どこぞの日大フェニックスの元監督に見習ってほしい圧倒的な姿勢でした。
それで・・・つまりですね、16台のミシンの正解に辿り着くには、16台ミシンを買えば良いものではなくて、買っては来たけど使われていたものとは違ったものであったり、また1台でも欠けると同ブランドのジーンズは作れなくなってしまうため、部品取りや故障時の代用ミシンも必要で、その何倍ものミシンが必要ってなことになります。
それで、現在、こちらのCONNERS SEWING FACTORYには約350台のビンテージミシンがあるそうです。
凄いでしょう?
ちなみにね、こちらはかの有名なユニオンスペシャル。
裾を仕上げるミシンですね。
これを1台導入するだけで「ウチはユニオンスペシャルを使って裾上げします。」と宣伝できるほどのミシンです。
このユニオンスペシャルだけでね・・・
11台あった(笑)
またこうしたビンテージミシンは現在のミシンのようなデジタル制御な部分はないので、メンテナンスや修理をして使ってあげると相当、長持ちするのですが、そのメンテから修理も小中さんがご自身でされているそうです。
しかも、ビンテージミシンはユニオン(UNION)とシンガー(SINGER)に分かれているのですが、双方が当時、技術などをパクられないように独自規格のネジを使っていたらしいのです。
同じインチ数でも「ユニオンインチ」と「シンガーインチ」があるのだとか。
なので、その当時のネジなども大量にストックされているそう。
「ONE PIECE OF ROCK」のジーンズはこうした圧倒的なこだわりと徹底的な努力、グンバツの情熱と最高の技術で作り上げられています。
生地は岡山児島の機屋さんと直接契約し、XXの色落ちと質感に徹底的にこだわられて作られた生地を使っておられます。
ちなみに、このファクトリーにはもう一人ニードルワーカーさんがおられ、その方は50年代のジーンズを担当されているそうで、そちらはエントリーモデルで、メインモデルであるS409XXX M-WWⅡなどに比べ、約半額の価格設定となっております。
あと個人的に圧巻だったのは無造作に掛かっているビンテージの数々。
これは圧巻。
勿論、資料用なので購入は出来ません。
いやー圧巻。
どうして僕が「ONE PIECE OF ROCK」のジーンズを世界一だと思っているか、その理由を垣間見ていただけたのではないでしょうか。
ただし、最高だったのはそれ以上に小中さんとスタッフさんのお人柄。
急に来た僕達にも丁寧に、そして情熱的にお話しをしてくださり、電車の時間でケツがあった僕らに「何時に乗るの?」と聞いてくださり、電車の時間を伝えたところ「大丈夫!あと2分ある!あと2分喋れる!!」と2分を惜しんでお話しをしてくださったのはとても感動しました。
まあ、なんちゅうか、世界一のものは世界一の人たちの手で作られるんですよね。
リジットからジーンズが穿きたくなったら是非、「ONE PIECE OF ROCK」のジーンズを。
ちなみに現在、小中さんの作られる対戦モデルなど40年代のモデルは10ヶ月待ちだそうです。
「こんなん恥!もっと早く届けたい!」と恐ろしい努力を繰り返しながら、まだ上を目指されていましたよ。
いやはや凄かった。なんかまだ書き足らん気がするほど・・・
恐ろしい。どえらいものを知ってしまった。
関連:世界一のジーンズを発信するショップ「FORTY NINERS」へ行ってきた。
関連:ローカル鉄道に乗り滋賀のローカルショップ巡りの旅
参考:CONNERS SEWING FACTORY公式サイト
基本的に同ブランドのオリジナルジーンズは別注先やイベント以外では現地に行かないとなかなか手に入らないのですが、エントリーモデルの方はWEBでも購入が可能です。
おわり。
同市にあるアメカジ系セレクトショップ「FORTY NINERS」のオリジナルジーンズなのですが、元々、大阪・豊崎のジーンズリペアショップ「WOREKS」の服部さんに教えて頂き、知りました。
その後、雑誌やネットなどで見かける度に必ずチェックしていたのですが、これを書いている今現在、僕は世界最高のジーンズだと思っています。
この世界最高のジーンズ「ONE PIECE OF ROCK」を作っておられるファクトリーはFORTY NINERSから歩いてすぐのところにあるのですが、ここはオープンファクトリーとなっていて、誰でも見学させて頂く事が出来ます。
この日のご縁は、学生時代からの先輩からのリクエストによるもので、元々、彼が2年ほど前に
「若い頃のようにリジットのジーパンをイチから穿いて色落ちさせたいんやけど、何かええジーパンない?」と聞いてきたのですが、その時にこちらのONE PIECE OF ROCKのジーンズとWAREHOUSEのジーンズ、そしてLVC(Levi's Vintage CLOTHING)の3つを提示しました。
結果的に「まずはLevi'sを穿いてみる」ということになり、LVCの55モデルを購入していましたが、「八日市の例のジーパンを一度見てみたい」と何度か言われていて、今回に繋がった形です。
ファクトリーの見学は予約が必要と思っていたので、当初は計画になかったのですが、FORTY NINERSでファクトリーの話になり、「見学出来ますよ」とのことでしたので、見学させて頂きました。
こちらは主に対戦モデルなど40年代の501XXをモチーフにしたモデルが作られている部分で、ファクトリーの約半分ぐらいです。
左手前で作業されているのが代表の小中さん。僕より3つ上の聖徳中のヤンキーだったそうなので、学生時代に遭遇していたら速攻逃げていたことでしょう(笑)
この部分に20台近くのヴィンテージミシンがあり、そのヴィンテージミシンをパーツごとに渡り歩きながら、一人で全行程を仕上げて行かれます。
こんな感じに縫っては移動し、縫っては移動し、と、現在は16台のミシンを操って一本のジーンズを作るそうです。
これは当時の製造方法を再現されているそうで、こうした職人さんを二―ドルワーカーと呼び、ミシン縫いだけでなく、生地の裁断から全ての工程を一人でこなされるそうです。
更に、このビンテージミシンも、例えば「40年代のモデルを作っているのに1950年代製のミシン使ってたら矛盾してるでしょ?」と、必ずその時代に存在したミシンを使って縫われていきます。
「えっ?そこまでこだわるん!!」と心底ビックリしました。
当時のミシンは製造番号などから全て年代がわかるんですって。
16台も操るのは、当時のジーンズを見てもパーツごとにミシンが違うらしく、その違いを徹底的に解剖し、当時のミシンを買ってきては縫って買ってきては縫ってを繰り返し、どのパーツにどのミシンが使われていたかを推理し、それと全く同じミシンを使っているそうです。
徹底的に研究されているので、「全て同じですか?」というともすれば意地悪な質問にも、「そのはずです!現在、知り得る情報で追求した結果が今の形です。」と断定はせず、それでいて圧倒的な自信を持って語っておられたのが印象的でした。
それでも勿論、もっとベストなものが見つかれば躊躇なく変更するとも仰っていて、どこぞの日大フェニックスの元監督に見習ってほしい圧倒的な姿勢でした。
それで・・・つまりですね、16台のミシンの正解に辿り着くには、16台ミシンを買えば良いものではなくて、買っては来たけど使われていたものとは違ったものであったり、また1台でも欠けると同ブランドのジーンズは作れなくなってしまうため、部品取りや故障時の代用ミシンも必要で、その何倍ものミシンが必要ってなことになります。
それで、現在、こちらのCONNERS SEWING FACTORYには約350台のビンテージミシンがあるそうです。
凄いでしょう?
ちなみにね、こちらはかの有名なユニオンスペシャル。
裾を仕上げるミシンですね。
これを1台導入するだけで「ウチはユニオンスペシャルを使って裾上げします。」と宣伝できるほどのミシンです。
このユニオンスペシャルだけでね・・・
11台あった(笑)
またこうしたビンテージミシンは現在のミシンのようなデジタル制御な部分はないので、メンテナンスや修理をして使ってあげると相当、長持ちするのですが、そのメンテから修理も小中さんがご自身でされているそうです。
しかも、ビンテージミシンはユニオン(UNION)とシンガー(SINGER)に分かれているのですが、双方が当時、技術などをパクられないように独自規格のネジを使っていたらしいのです。
同じインチ数でも「ユニオンインチ」と「シンガーインチ」があるのだとか。
なので、その当時のネジなども大量にストックされているそう。
「ONE PIECE OF ROCK」のジーンズはこうした圧倒的なこだわりと徹底的な努力、グンバツの情熱と最高の技術で作り上げられています。
生地は岡山児島の機屋さんと直接契約し、XXの色落ちと質感に徹底的にこだわられて作られた生地を使っておられます。
ちなみに、このファクトリーにはもう一人ニードルワーカーさんがおられ、その方は50年代のジーンズを担当されているそうで、そちらはエントリーモデルで、メインモデルであるS409XXX M-WWⅡなどに比べ、約半額の価格設定となっております。
あと個人的に圧巻だったのは無造作に掛かっているビンテージの数々。
これは圧巻。
勿論、資料用なので購入は出来ません。
いやー圧巻。
どうして僕が「ONE PIECE OF ROCK」のジーンズを世界一だと思っているか、その理由を垣間見ていただけたのではないでしょうか。
ただし、最高だったのはそれ以上に小中さんとスタッフさんのお人柄。
急に来た僕達にも丁寧に、そして情熱的にお話しをしてくださり、電車の時間でケツがあった僕らに「何時に乗るの?」と聞いてくださり、電車の時間を伝えたところ「大丈夫!あと2分ある!あと2分喋れる!!」と2分を惜しんでお話しをしてくださったのはとても感動しました。
まあ、なんちゅうか、世界一のものは世界一の人たちの手で作られるんですよね。
リジットからジーンズが穿きたくなったら是非、「ONE PIECE OF ROCK」のジーンズを。
ちなみに現在、小中さんの作られる対戦モデルなど40年代のモデルは10ヶ月待ちだそうです。
「こんなん恥!もっと早く届けたい!」と恐ろしい努力を繰り返しながら、まだ上を目指されていましたよ。
いやはや凄かった。なんかまだ書き足らん気がするほど・・・
恐ろしい。どえらいものを知ってしまった。
関連:世界一のジーンズを発信するショップ「FORTY NINERS」へ行ってきた。
関連:ローカル鉄道に乗り滋賀のローカルショップ巡りの旅
参考:CONNERS SEWING FACTORY公式サイト
基本的に同ブランドのオリジナルジーンズは別注先やイベント以外では現地に行かないとなかなか手に入らないのですが、エントリーモデルの方はWEBでも購入が可能です。
posted with カエレバ
ニートスタイル
おわり。
2018年5月25日金曜日
世界一のジーンズを発信するショップ「FORTY NINERS」へ行ってきた。
先日のローカル鉄道の旅の目的地は滋賀県東近江市、僕的には八日市市(合併前の市名)のジーンズショップ「FORTY NINERS(フォーティーナイナーズ)」でした。
ここは自前のファクトリーで「ONE-PIECE OF ROCK」というオリジナルジーンズを作っておられるのですが、そのジーンズは個人的に世界一だと思っています。
ここを知ったのは、同じ滋賀県出身の僕の尊敬する豊崎のジーンズリペアショップ「WOREKS(ウォレクス)」の服部さんに、何年か前に「凄いお店がある」と紹介して頂きました。
服部さんも見学に行ってみたいとおっしゃっていたお店で、いつか来てみたいと思っていました。
それ以来、雑誌で見かけたり、ネットで見かけたりする度にチェックしていて、ここのジーンズは世界一だと確信した次第です。
今回は、その世界一のジーンズを作っておられるファクトリーにも潜入取材出来ましたので、「ONE-PIECE OF ROCK」のジーンズを世界一だと思っている理由など、詳しくはそちらで書かせて頂くとして、とにかくつんでもないジーンズを作っておられるお店です。
ちなみにそのジーンズは10ヶ月待ちとなっており、こちらでは現在、サンプルのみが置いてあり、試着する事が出来ます。
ここのジーンズを知れば知るほど、10ヶ月待ちになるのは当然に思えてくる、そんな代物です。
こちら大戦モデルを再現したモデル。
チラッと見えている縫い目の1つ1つから圧倒的なパワーと情熱が伝わってきます。
FORTY NINERSはジーンズショップではなくセレクトショップでもあるので、オリジナルアイテムのほか、WAREHOUSEやJELADO、クッシュマン、SUGAR CANEなどのアイテムがセレクトされています。
かっこいいアイテムがたくさんセレクトされているんですけどね、ここに来ると自然とここで作られたものが欲しくなってしまうから不思議ですね。
そんな圧倒的な情熱の詰まったショップなんですね。
個人的に地元に近くて、この八日市には学習塾「京進八日市校」に通っていたこともあり、しょっちゅう来ていました。
この日、お相手してくださったスタッフさんは高校のサッカー部の後輩でした。4つ下なので直接は知りませんが、共通の知人などもいてとても楽しかったです。
また奥様は僕の1個下の中学の後輩のようで、こちらもまた深く話したらボロボロと共通の知人がいてそう(笑)
FORTY NINERSの最大の魅力は人。
情熱を持った、そしてとても親切で丁寧で、かっこいい人たちがおられます。
この辺は古着屋さんに通ずるものがありますね。
セレクトショップの店員さんのイメージや、ジーンズショップの店員さんのイメージでは決してないです。
この人たちがやってるんだから、そら世界一だわって話。
お店の場所はね、近江鉄道八日市駅からすぐの商店街の真ん中らへんです。
昔、入り口に本屋があった商店街。今は学習塾でした。
FORTY NINERS
滋賀県東近江市八日市本町 14-25
https://www.fortyniners.cc/
おわり。
ここは自前のファクトリーで「ONE-PIECE OF ROCK」というオリジナルジーンズを作っておられるのですが、そのジーンズは個人的に世界一だと思っています。
ここを知ったのは、同じ滋賀県出身の僕の尊敬する豊崎のジーンズリペアショップ「WOREKS(ウォレクス)」の服部さんに、何年か前に「凄いお店がある」と紹介して頂きました。
服部さんも見学に行ってみたいとおっしゃっていたお店で、いつか来てみたいと思っていました。
それ以来、雑誌で見かけたり、ネットで見かけたりする度にチェックしていて、ここのジーンズは世界一だと確信した次第です。
今回は、その世界一のジーンズを作っておられるファクトリーにも潜入取材出来ましたので、「ONE-PIECE OF ROCK」のジーンズを世界一だと思っている理由など、詳しくはそちらで書かせて頂くとして、とにかくつんでもないジーンズを作っておられるお店です。
ちなみにそのジーンズは10ヶ月待ちとなっており、こちらでは現在、サンプルのみが置いてあり、試着する事が出来ます。
ここのジーンズを知れば知るほど、10ヶ月待ちになるのは当然に思えてくる、そんな代物です。
こちら大戦モデルを再現したモデル。
チラッと見えている縫い目の1つ1つから圧倒的なパワーと情熱が伝わってきます。
FORTY NINERSはジーンズショップではなくセレクトショップでもあるので、オリジナルアイテムのほか、WAREHOUSEやJELADO、クッシュマン、SUGAR CANEなどのアイテムがセレクトされています。
そんな圧倒的な情熱の詰まったショップなんですね。
個人的に地元に近くて、この八日市には学習塾「京進八日市校」に通っていたこともあり、しょっちゅう来ていました。
この日、お相手してくださったスタッフさんは高校のサッカー部の後輩でした。4つ下なので直接は知りませんが、共通の知人などもいてとても楽しかったです。
また奥様は僕の1個下の中学の後輩のようで、こちらもまた深く話したらボロボロと共通の知人がいてそう(笑)
FORTY NINERSの最大の魅力は人。
情熱を持った、そしてとても親切で丁寧で、かっこいい人たちがおられます。
この辺は古着屋さんに通ずるものがありますね。
セレクトショップの店員さんのイメージや、ジーンズショップの店員さんのイメージでは決してないです。
この人たちがやってるんだから、そら世界一だわって話。
お店の場所はね、近江鉄道八日市駅からすぐの商店街の真ん中らへんです。
昔、入り口に本屋があった商店街。今は学習塾でした。
FORTY NINERS
滋賀県東近江市八日市本町 14-25
https://www.fortyniners.cc/
おわり。
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